Hiroyuki⚽️Takada

教員として働きながら、フリーで国際協力をしています。

あれから、3ヶ月

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(懐かしいな)

Bonjour!!!

 

 

 

 


Ça va??

 

 

 

 


青年海外協力隊としての任期を終えて、日本に帰国してから3ヶ月が経過しました。ベナンでの生活が遠い昔のことのように感じられると同時に、協力隊生活を通して得た経験が、教師としての仕事に活かされていることに手応えを感じている今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 


新型コロナウイルスの影響もあって、分散登校ではありますが、少しずつ学校は日常を取り戻しつつあります。やっぱり日本の教員は忙しいですね。

 


ベナンと違って、雨が降っても時間通りに出勤しなくてはいけないし、やる事も山のようにあって毎日平均12000歩は歩いています。ただそう思うのと同時に「役割がある」ということに日々「ありがたさ」も感じているところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は、授業を全部作り直しています。2年間もやっていなかった授業ですが、やっぱり楽しいですね。「kokuri」というアプリを使い、iPhoneを片手に机間巡視しながら授業をしています。なので授業中は、ほとんど黒板の前にはいません。

 


板書もほとんど無くしました。教師が書いた文字をそのまま「書き写す」だけでは勉強ではなく「作業」になってしまいます。そこに「思考」が存在しないのでは、意味がないと思ったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そこで、板書は生徒の意見を拾うメモのような形にして、授業の終わりにはリアクションペーパーを使って自分の意見や考えをまとめる時間にしました。

 


これは前から実践していたことですが、板書がなくなったことで、よりグループワークや意見を書く時間を多く取ることができるようになったと思います。

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(左にパワポ、中央は仮説などで生徒の意見のメモ、右はグループワークのまとめをホワイトボードに。内容は新石器時代の「アイスマン」についてです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そしてもう一つ。「追い風」が吹きました。

 


実は学校現場では、まだ確定はしていませんが、新型コロナウイルスの影響で今年度予定していた行事が実施されるかどうか不確定な状況になっっています。おそらくほとんどの学校が同じような状況にあると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そんな状況もあって約50時間ある「総合学習の時間」を再計画することになったのです。校長先生の経営方針が「SDGs」ということもあって、私に一言だけ「よろしく」と天からのお達しをいただきました。こんなチャンスは滅多にありませんから「ラッキー」です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーマは「SDGsを通して持続可能な社会をつくる!〜未来会議とマインクラフトまちづくり「仮想○○市」を通して〜」です。もうバレてると思いますが一応、市の名前は伏せておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな内容なのか。説明していきますね!

 


まずはじめに第一部では、「SDGs」について学んだ後、日本と海外の国々が密接な関わりの中で成り立っていることをカードゲームを通して学びます。このカードゲームはJICA制作の「モノはどこからきているの?」を使います。

 

また出前授業も実施し、日本で多くの外国人が暮らしていることや世界の問題が自分たちの生活に関連していることを知り、その解決に向けて、目線を「自分の地域」に落としていくわけです。私もベナンの話を少しだけしようと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて、第二部です。まずSDGsの視点に立って自分の地域の魅力と課題についてフィールド調査し、その後、生徒だけでワールドカフェを行い「持続可能な社会づくりに大切なものは何か」を話し合います。もちろん、それだけでは足りませんので「未来会議」もやってしまいます。未来会議は式根島でも実践していましたが、学校に地域住民を招待し、生徒と教員と地域住民がテーブルを囲み、地域のこれからについて話し合いをします。

 


市役所やNPO職員とも連携を取っていきたいと思っています。式根島の時には年間で100名が学校に来てくれましたので、今回はそれ以上を目指したいですね。人口の分母が違いますからいけるでしょう!未来会議は、ロビー活動やポスター制作、司会進行、会場設営など全部生徒にやってもらう予定です。

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(未来会議頑張りたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして仕上げの第三部です。皆さんは「マインクラフト」というゲームを知っていますか?実はプログラミング学習でも活用され「教育版」も無料でダウンロードできるんです。ここでは、未来会議を通して得た知識を活用しながら、SDGsの視点に立って「仮想〇〇市」と題し、生徒自身に持続可能な社会を実際に作ってもらいます。

 

リアルとバーチャルの利点をそれぞれ活かして、「まち」を作るわけです。そして優秀賞を取った班は「教育長」にプレゼンに行ってもらおうと思っています。提案書という形で市長に渡してもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


こんな感じです。どうでしょう?

 


もし上手く行ったら、どこかで発表したいと思っています。こういった総合学習の時間を通して「社会に開かれた学校」を作るのはもちろんのこと、社会と教育を少しでも近づけ、子供達が「生き方」を考えるきっかけになればと思っています。「あー大人って素敵。楽しそうだな」と思ってもらい「ワクワク」した将来を想像できるように頑張りたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がベナンで得た経験は、おそらく色々な場面でこれからも活かされていくはずだと確信しています。学校も国際協力もやっぱり「草の根的活動」が大きなウネリとなって変化をもたらすのだと思います。


反対の声や批判もあるかもしれないけれど、いつか「オセロ」のコマが一気にひっくり返される日が来ることを信じ、また明日から頑張ります!「私の仕事は、なんなのか」この問いを常に大事にしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、また!

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あれから、2ヶ月

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(懐かしのザポタキッズ。外の教室です!)

 

 

Bonjour


ça va??

 

 

 

青年海外協力隊としての任期を終えて、2ヶ月が経過しました。早いような遅いような60日間でしたが、ベナンでの経験を踏まえた今の気持ちを忘れないようにnoteに記録しておきたいと筆を執った次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝は5時半に起床し、ストレッチをして、朝ごはんを作り、食事をとってから6時50分に家を出る。電車に乗り、フランス語のリスニングをしながら、電車を2回乗り換えて学校に向かう生活も、違和感なく日常になってきています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


新型コロナの影響で休校中のため、SDGs関連の掲示物をだらだらと作りながら、「次はどんな実践をしようかな」と頭の中でアイディアを整理し、学校再開に向けて準備しているところです。

 

 

 

 

 

 

 

 


勤務先では「アフリカから来た変わった先生」という第一印象から「わりと普通な、ちょっと異色な先生」というイメージに変わって来たような気もします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SDGsやICT教育ばかりに気を取られすぎていても、周りとの距離感が開いてしまうだけなので、「ちょっとずつ」でいいので「半径1M以内の同僚」から一人ずつ巻き込んでいけるように工夫していきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな私ですが、最近あることで悩んでいます。今日は少しその悩みについて皆さんに共有し、アドバイスをもらう他力本願な形で思いを綴っていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近こんなことを考えています。それは「ベナンでの経験を活用し、一つの成果物を世の中に残すことはできないだろうか」ということです。そのために「修士論文を超えて、博士論文にチャレンジできないか」ということです。つまり博士課程への進学を考え始めています。

 

 

 

 

 

 

 


「迷ったらチャレンジ」するというスタンスの私ですが、やはり今回は慎重です。「あれだけ必死こいて書き上げた修士論文を超えるものを書けるか?」「学費の問題をどうするか?」「もうこれ以上のわがままは許されるのか?」自問自答の毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

 


妻の機嫌を見て、タイミングを見て、パンフレットを机の上に置いておくかどうするか、現在作戦を練っています。笑

 

 

 

 

 

 

 

 


博士論文が簡単なものではないことは、よくわかっています。しかし「SDGs」という古く新しい課題に対し、そして「VUCA」と呼ばれるこの時代において、教育を通し、未来の青写真を描き、不確実性が高いこれからの社会の中で、対話や参加を通しながら、苦境を打破していこうとする行動していくことができる人間を育てる、その道を照らす灯火となるような研究がしたい。そう思っているわけです。

 

「VUCA」とは「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明)」の頭文字を繋げた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変化の激しいこの時代においては、「こうすれば問題が解決できる」という分かり切った正解はありません。今日見つけた正解が、明日には正解出なくなるという可能性もあるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ教育にも「効率とスピード」が求められるし、常に最善の選択を行うための情報収集能力や正解のない問いに答えを出す問題解決能力も求められるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のチャレンジが「高田先生だけ‥」頑張っているではなく、「いまやるべき課題」であると認識してもらうためには、やはり「実績と実力」が必要不可欠になるわけです。

 

 

 

 

 

 

 


なかなか難しい問題ですが、納得いく答えを出せるように、また自分と向き合っていければいいと思っています。応援してください。応援が力になります。笑 

 

 

 

 

 

 

 

 


30歳を超えても学び続ける姿を生徒たちに示すことも、これからの時代では大切な要素かとも思っています。「なぜ学ぶのか?」身を以て体現していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 


さて、少し話はズレますが、最近、10年前の教え子でもある大学3年生からこんな相談をいただきました。就活中だけど「何がやりたいかわからない」「どうなりたいかわからない」というものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


よく考えてみれば、学校は受験勉強を意識するあまり子供の「好奇心」を育てることをしてきませんでした。誰でも最初から「やりたいことがある」わけではありません。「ちょっと面白いかも」という好奇心がチャレンジに導くわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


また「生き方」についての指導が不十分であったことも指摘せざるをえません。ろくに人の「生き方」に触れずに大学3年生もしくわ大学4年生の1年間で、これからの「何十年間」の人生の生き方を決めるのは無理でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと子供のころから「なぜ?」「もっと知りたい」という好奇心を育てられる授業を積み重ねながら、色々な人々の「生き方」に触れ、職業についてしり「生き様」について学ぶ時間がなければ、迷子の子羊状態になってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「私立」では独自のプログラムのもと最先端の教育を実施しているところも多くあります。「公立」の学校には無理なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 


いえいえ、そんなことはありません。

私立だろうと、公立だろうと、都市だろうと、地方だろうと、高校生だろうと、大学生だろうと、10年後、2030年に日本社会の主役になるすべての「子供たち」のために、革命の準備をしよう。

 

 

 

今から、革命の内容を考えます。笑

 


ではまた!

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あれから、1カ月

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(姉妹で初めての学校に行った日。学年は一緒。仲良く授業を受けていました。)

 


Bonjour!!

Ça va⁇

青年海外協力隊としてベナン共和国での任期を満了し、帰国して1ヶ月が経過しました。今回は帰国後の心境について綴りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 


日本に帰国して、翌日。
時差ボケの影響もあって、深夜3時に目が覚めた。水が飲みたくて、眠たい目を擦りながら、近くのイレブンに向かった。妻の実家に居候していたため、音をたてず忍び足でコッソリと家を出た。イレブンに着いて、飲料水のコーナーを見てあることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

「あ、水道水飲めるんだ。この国」

 

 

 

 

 

 

私の任地では、水が白く濁っていたため、基本的に水道水は飲むものではなかった。喉が乾いたら、水を買いにいくという毎日だったため、そのクセが出てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 


いろはす」を飲みながら「すげーな、この国は」と思って帰路に着いた。その他にも、やっぱり日本の環境には驚かされるものばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まずトイレが綺麗だ。中でも、ウォシュレットは革命だと思う。道にゴミは落ちていないし、道路も綺麗だし、その上、みんなが交通ルールをしっかり守る。時間通りに電車は来るし、店員さんは丁寧すぎるくらい丁寧で、お釣りもぴったり用意してくれる。ベナンでは、物を買ってもお釣りがないと言われる時がしばしばあり、いつも買い物は喧嘩だった。それら全てが当たり前ではなかったということをわかってはいたものの、やはり日本は快適だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ただ、それだけでなく、帰国して凄い「心が軽い」なと思ったことが1つある。それは「差別されるかもしれない」という不安がないということだ。ベナンに生活していたときは、アジア人として差別的発言をされたことがあったけど「慣れているからそんなに気にならない」「差別されても遊んで返してやろう」くらいに思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、やっぱり相当な負担だったのだと思う。無意識に防御反応で感情に蓋をしていただけなのだろう。そこに強烈なストレスを感じていたら2年間の途上国生活は本当にしんどくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一方で、寂しさのようもある。今、教員住宅に住んでいるが、隣に誰が住んでいるのか、顔もわからないし、会ったこともない。勝手に家に入ってきて水を飲むフランシーもいないし、爆音で踊る子ども達の姿も、「Ça va(元気)?」と声をかけてくれる隣のマダムもいない。それはそれで、やはり寂しいものだ。ベナン人との関わりから、今の日本人に足りないものや学んだものは、たくさんあったのだと今になって感じる。

 

 

 

 

 

 

 


多摩川の河川敷で、散りゆく桜の木の下で、バーベキューをして酔っ払っている若者の姿に失笑しながら「生き方を自由に選択できる、平和な国に生まれたんだな」と心静かに感謝し、自分の中にある「モヤモヤ」と向き合いながら、あっという間に4月を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月1日。私は新しい学校に赴任した。

そして、1年D組の担任になった。実は私にとってD組とは特別なクラスだ。初任の頃、同じ様にD組を担任した生徒たちは今年で20歳になる。私は彼らから、たくさんのことを学び、「教師」として成長させて頂いた。いわば彼らは私の「恩師」なのだ。今年で9年目になる。今の私は、あの頃より絶対に成長している。だからこそ「史上最高のD組」を作りたいと新年度から気が引き締まったものの、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ここにきても「モヤモヤ」が発動してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、私は今の学校に着任できて本当によかったと思っている。なぜなら校長先生が掲げるビジョンの中に「SDGs」「働き方改革」という私がこれから強化していきたかった視点が掲げられていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり私はもってる」

最初の職員会議でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 


では、何が心に引っかかっているのだろう?

帰宅途中に電車の中で、1人考えてみた。
すると1つの答えにたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


それは「自分の本心と向き合いながら仕事ができているか?」ということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

組織人として働く以上、他の人たちと目指すべき方向性を共有し、学校であれば「教育目標」というビジョンを大切にする必要がある。当たり前だが、全員が同じ方向を向かなくては良い教育はできないし、組織人としてトップの考えを踏まえた上で行動するのは、重要なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そのビジョンを大切にする働き方は、時に足かせになる場合がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


協力隊時代の私は、何よりも自分の「感覚」を大切に動いていた。「発想」や「アイディア」こそ私の強みであり、その「高田イズム」を大切にしていた。シンプルに自分が面白いと思ったこと、やりたいと考えたことにチャレンジする、その目の前にある課題や仕事に集中する「今を生きる」生き方は、何よりも国際協力の活動を続けるモチベーションになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今、自分の気持ちにまっすぐに働けているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


私は「授業」をすることが好きで、「授業」を通して子ども達に「生き方の選択肢」を多く与えることができるようになりたいと思っている。しかし、日本の学校では実際に「授業」に当てる時間より、事務処理や部活動の方が長いのが現実だ。

 

 

 

 

 

 

 


「好きな授業だけを考えられる環境なら、いくらでも働けるのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


組織人と個人としての2つの働き方を知ってしまった私は、「自分がどうあるべきなのか?どうなりたいのか?」という気持ちの中で揺れ動いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車を降りて、私は思った。

「これは協力隊あるあるなのか?」「みんな心が揺れ動いているのか?」何人かに連絡をとったが、みんな「特に心の揺れはない」と参考にならなかった。恐らくこれは私に課された課題なのだろう。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


時間をかけて、気持ちを整理しながら、納得いく自分を探していきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今年は2つの目標を掲げている。

1つ目はSDGsの取り組みを増やすことだ。例えば、校外学習では「もう1つの校外学習」と題し、SDGsの視点をもって町を歩くという取り組みを考えている。その他にもSDGsを取り入れた学級掲示を開発したりもしている。またまた、最近、バナナペーパーで名刺も作ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目は「10人の大人とつながる」というテーマで外部人材をどんどん呼ぼうと思っている。式根島の時は1年間で「50人程度」呼んでいたので、継続したい。「教育と社会」が近づけば近づくほど、子ども達は様々な生き方を知り「自分の生き方」について向き合うことができるだろう。青年海外協力隊のOBには医療系で働く人もいれば、福祉系の人もいる。また島でのコネクションを活用し、観光系や自営業の方々を招待することもできるだろう。JICA東京にも出前授業を頼むつもりだ。その出前授業にベナン人が来てくれればこれ以上のことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく肉離れしない程度に「イズム」を大切にしながらも「組織人」として信頼されるように、頑張ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、今、新型コロナの影響で学校が休校となり、学校や教師の存在意義も問われている状況にある。

 


「どんな教育が今後求められのか」

 


試行錯誤を繰り返し、必死になって汗をかき、新しい教育を、新しい未来を作ろうともがき苦しみながら戦っている先生達がたくさんいる。

 


今こそ教育を変えるチャンスだと思う。

 


自分も何ができるか、しっかり考えて確実に前進していきたいと思う。

 


では、また更新します!

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高田裕行の新たな挑戦

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(さよなら、ベナン🇧🇯)
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(さよなら、青年海外協力隊🌍)

 

 

 

Bonjour !!

Ça va??

いよいよ明日、青年海外協力隊としての任期を満了し、日本に帰国します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いている今、私はコトヌー市内のカフェにいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私にとって国際協力とは何だったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

溜め込んだ殴り書きのメモを机に並べ、今までのブログ記事を読み返し、付箋のついた本を見開きに、ベナンでの2年間が私に何をもたらしたのかについて「決着」をつけようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のブログ記事は「最終回

2年間の想いを綴りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、私が青年海外協力隊に参加した理由は「東日本大震災」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故郷の福島県いわき市福島第一原子力発電所から50キロ圏内にあり、放射能事故はもちろんのこと津波風評被害など深刻な被害を受けた。

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(私の頭まで波🌊が来ました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知り合いが亡くなったり、見慣れた街の変わり果てた風景に言葉を失ったことを今でも覚えている。

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(震災発生後のいわき市の様子)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショックだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はすぐさま大学院を休学し、教員採用試験の勉強を始めた。原発事故の終息の見通しがつかず、働かなければならなくなったからだ。

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(思い出の教室👨🏻‍🏫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教員採用試験合格後は、東京といわきを往復しながら震災ボランティアに参加する生活を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外からボランティアとして、たくさんの外国人が福島県に来ていることを知ったのは、その時だった。

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(子どもの頃サッカー⚽️をしてたいわき公園は仮設住宅に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、私は初めて

国際協力」というものに出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校の体育館では、数人の外国人が避難所で寝泊りをしながら炊き出しをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、一人の青年が私にカタコトの日本語で「何か困っていることはありますか?」と話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいえ、大丈夫です

私はとっさに答えたが、彼のその優しさが、なぜかその時は心に染み入るように嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから私は国際協力について調べるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

専門家でなければ国際協力は難しいのか

凡人の私にでも何かできることはあるのか

恩を少しでも返したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の、あの場面の、あの状況を胸に刻まなきゃいけないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他者貢献なんて自分とは別世界の人がやるものだ」と思っていた私にとって、それは想像もつかない気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてJICAの「現職教員参加制度」を利用すれば、働きながらでも「国際協力」の世界で活動できることを知ったのが、震災発生からちょうど1年が経とうとしている頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからというもの、

私の「国際協力」への想いは加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開発学」や「途上国の教育」「紛争」や「環境」といった類の本を読んで知識を集めたり、

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(学校帰りの子ども達🧒🏽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師海外研修で途上国の現場を視察したり、セミナーや開発指導研修に参加するなど、f:id:hiroyuki913:20200305052432j:image

(教師海外研修 in タイ🇹🇭)
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(難民の授業実践について約90名の方に発表しました。ちなみに1番手前の白いパーカーの男子は、私の教え子でした)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途上国の現場で「即戦力」になれるように、可能な限りの準備をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2018年。

妻を日本に残すという決断をし「覚悟」と「あの時の想い」を胸にベナンに乗り込んできた。

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(出発前。羽田空港✈️)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現実は甘くなかったのだ。

私の想像を遥かに超えて「国際協力の壁」は高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、私は何もできなかった。

清々しいほどに「完敗」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、私を悩ませたのは「配属先」だった。

朝8時に出勤しても誰もおらず、共に活動を相談して進めていくはずの「カウンターパート(配属先長)」とは結局3回しか会うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はここで必要とされていないのだろう」そう気付くまでに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の知識や技術を教えるなんてレベルの話ではなく「私は何のためにここに来たのか?」自問自答する日々が続いた。

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(ここで何回自分と向き合ったことか。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、止まっているわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく「経験」や「知識」を現場の先生たちに伝えていこうとするも「焦る」気持ちが先走り、空回りしてばっかりだったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベナンの小学校では、満足な道具も教科書もない中で、授業をせざるを得ない状況だった。

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(算数セットがないので、石と木の棒で代用する✏️)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ならまず失敗することなどない。そんな授業にも、ここでは手一杯だった。

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(1クラスに50人。先生不足で担任がいない学級があったりする)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまで私が授業を成功させてきたのは、自分の腕ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治以降130年以上の教育の歴史の中で、誰かが作ってきてくれた技術や知識、設備や制度がそうさせていただけで、そんなものを失った私は、子ども達にたし算やひき算の一つも満足に教えることもできなかった。

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(算数の授業の様子。6年生にたし算の授業✏️)f:id:hiroyuki913:20200305225745j:image

(黒板は汚くて、板書も一苦労。ノートをとる生徒はもっと大変👨‍🎓)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教員8年目にして、そんなことも知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなヤブの私が、現地の人の立場に立って彼らの「教育の時計の針」を1秒でも進めたいなんて、考えてみれば、ずいぶんふざけた話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで多くの挫折を経験してきたものの、正直ここまで「自信」を失くしてしまったのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに加え、ベナン生活は困難を極めた。

停電や断水は当たり前で、任地で手に入る食材は、玉ねぎ、卵、オクラ、トマトなど限られたものばかりだった。料理のレパートリーが少ない私にとって、毎日がパスタかチャーハンの生活は、非常に苦しいものだった。

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(たまにバナナ🍌が買えました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのうえ、家にはシャワーもなく、外で水浴びをする生活に徐々に身体は疲弊していった。

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(※カルピスウォーターではありません)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで私が頑張ってこれたのは、私自身の「能力」ではなく「頑張れる環境」があっただけなのだと、理解するのに2年間は十分過ぎる時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような状態で「燃焼」することなどできるはずもなく、活動は常に「体調」と相談しながら実施せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを「与える」「恩を返す」つもりで来た青年海外協力隊だったが、実際は何もできなかったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな私に、ベナン人はたくさんのものを与えてくれ、私は彼らから多くのことを学んだ。

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(ザポタキッズ🧒🏽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば「自給自足」「自然と共生」するベナン人の生活は、日本人よりよほど持続可能な生活だった。

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(赤土の家に住む現地の人々🧒🏽)
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(炭と薪で食事を用意する様子🔥)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その生活に触れ「開発とは何か」について深く考えさせられた。

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(彼らは開発を望んでいるのだろうか🧒🏽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、途上国での生活は厳しい。

しかし、もしドイツ人がひと家族ごとに持っているほどの車を、ベナン人も、セネガル人も、ガボン人もまた持つとしたら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この地球はどうなってしまうのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本人と同じようなレベルで70億の人々に消費と浪費が許されるとしたら、それを支えるだけの資源は今の地球にあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開発は本当に善なのか

開発」の先に「幸福」があるという前提が本当に正しいのか、根底から問い直すことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までさんざん地球資源を使いに使って開発してきた「(先進国)」が今さら「未来」の為に「開発」というものの考え方を見直す必要があると主張するなんて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途上国に暮らす人からすれば、どれだけ身勝手なのだろう、心は揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他にも多数の民族が存在するベナン人から国籍や人種に関係なく、隣人として「多様性」を受け入れることの大切さを教えてもらった。

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(ベナンは多様な民族が共生する国🇧🇯)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも多様な社会とは誰の為にあるものなのだろう。

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(色とりどりのパーニュ🇧🇯)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はベナンで「マイノリティ」になって初めて多様性の当事者が「自分であることに気が付いた。

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(みんな違ってみんないい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆったりとしたアフリカの空気の中で、まわりを見渡すと色々な人がいて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その状態が「普通」なんだということをベナン人から教えてもらった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、こうした生き方を目の当たりにして、これまで生きてきた30年間、私が如何に自分が日本社会の「○○であるべき」という王道の基準に合わせて生きてきたか「生きづらさ」の正体に気がつくことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は一度パリに行ったほうがいい。多様で自由な社会の中で自分が想像以上に染み付いていた「普通」や「みんな」という価値観を洗い流したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それができないと「多様性」を生徒に教えることなど不可能に近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本にいたら気づかなかった「多様性」について考えることを止めず、染み付いた価値観を洗い流す努力をしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベナンに来て、時に上手に受け流すことのできない感情に、もがき苦しんだこともあったが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その1つ1つが心を揺さぶる程の大きな刺激にとなり、確かな経験として積み重ねることができたように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にベナン共和国に、ベナン人に感謝したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、帰国を目前にして、ベナンでの生活を通して、私の中に1つの疑問が芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、本当に変わるべきなのは「途上国」ではなく「先進国」なのではないかという問いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衣服ロス

皆さんは、この言葉を聞いたことはあるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ食べられる食品が捨てられてしまう「フードロス」に対し、まだ着られるのにも関わらず大量の衣服が廃棄されてしまう問題を「衣服ロス」というそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本では、ファストファッションの普及もあって年間10億着以上の新品の衣服が捨てられているという現実がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日のことだった。

私の住んでいる任地ザポタでは、4日に1回のペースで市場が開かれ、食品や衣類など様々なものが売りに出される。

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(市場は活気に溢れています🧒🏽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、私はある光景を目にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、先進国から送られてきたと思われる大量の衣服だった。

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(先進国から寄付された大量の衣服👕)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、背中に「○○高校」と日本語で書かれたポロシャツやTシャツなど日本から寄付されたと思われるものも多くあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は店員に「これ1枚いくら?」と尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると彼女は「50フラン」と答えたのだ。

日本円にして約10円という金額である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安く衣服が手に入ることは、途上国の人々にとって良いことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現地で洋裁ビジネスをしている人や服屋はどうなるだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これだけ安価なものが大量に流れ込んできては、商売にならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またベナンには、パーニュを仕立てて作る伝統的な民族衣装があることから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま安価な衣服が先進国から流れ込んできては「文化」まで奪いかねないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量に作って要らなくなったらリサイクルか途上国支援にまわせばいい」という考え方ではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たち先進国の「消費」に対する考え方を見直さなければ、どれだけ現地で支援活動をしても問題の本質的な解決にはならない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わるべきは私たち先進国の「考え方」「行動」「社会の在り方」なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこうした事例は他にもたくさんあり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難民支援の裏側に先進国の利害関係があったり、失業率の背景に先進国企業の搾取など、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカの問題は、アフリカだけに原因があるのではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に意味のある国際協力」をしていくためには、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

より大きな視点で物事を考えなければならないし、まずは私達、先進国の人間が自分達の足元を見なければならないのだと実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの「問い」について、先進国の人間として向き合っていきたいと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、だからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は国際協力を続けよう」と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はここ最近、ベナン隊員で同じ想いを持った2人の仲間と数ヶ月に渡って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際協力を日常生活に」をテーマに、働きながらでも国際協力に関わってく新しいスタイルについて議論を重ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走り続けることでしか開かない扉がある

ここで終わるのではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教員を続けながら、フリーランスとして講演活動や出前授業を国内で実施したり、長期休暇を利用して2人の仲間と3人で現地、もちろんベナンで活動をしていくつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いつしか私自身が「教科書を超えた教材」になり「教室と世界をつなぐ」というミッションを体現していきたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前例はないかもしれないが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生の台本を書くのは自分」

修正しながら自分の納得いく人生を歩んでいきたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ搭乗の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年間、応援してくださった方々、いつも背中を押してもらいました。苦しい時、支えてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にありがとうございました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高田裕行の新たな挑戦。

国際協力 第2章!

今後の活動もご期待ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、日本に帰ります!

また会う日まで!

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(さよなら、ベナン🇧🇯)

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(さよなら、青年海外協力隊🌍)

長友ドリーム-世界に広がれ夢の連鎖-

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(長友ドリーム成功しました!)

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(いい感じですね!)

 

 

Bonjour!!

Ça va??

ベナン生活も残り1ヵ月となりました。

来月、日本に帰ります👌今回は長友ドリームの様子をお伝えしたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命を変えたTweetから6ヶ月。

ついに、長友ドリームが完結しました。

(長友ドリームを掴んだ経緯については下記のURLに記載してあるので、ぜひご覧ください!)

http://all-about-africa.com/takada-benin3/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長友ドリームが決まり、初めに取りかかったのはグラウンド整備でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はベナンの学校は、日本の学校のようにグラウンドが整備されてるわけではなく、草はボーボー、土はボコボコなんです。

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(写真では伝わらない悔しさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールはあるのに、サッカーする場所がない」では話になりません。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やるしかない!

そう覚悟を決めて、普段の算数の授業に加えてグラウンド整備をする日々が始まりました。

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(腰がやられました)
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(子ども達も手伝ってくれました!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約3ヶ月かかり、ようやく完成!

長い長い道のりでした😂

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(いい感じですね!)
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(長友ドリームのために、校長がお偉いさんに頼み込んで中古のゴール🥅を持ってきてくれました!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に「長友ドリームの目的」を正しく理解してもらうために掲示板を作成しました。

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(彼のあだ名は、おにぎり君🍙)
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(しっかり理解してくれたと思います)
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(効果抜群でした!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢をもつことの大切さ」や「長友選手の生い立ちや想い」そして「多くの人達の中から選ばれたこと」など

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの支援ではなく「意味ある取り組み」にしたい。そう思い、何回も何回も子ども達とプリントを読み合わせをしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いよいよ本番当日です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に長友ドリームの主旨をもう一度説明し、

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(ほぼ全員がユウトナガトモと答えられました👌)
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(指を指すのは、日本で言うところの手を挙げる行為と同じです🤞)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画を見て、プレーのイメージを広げます。笑

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(長友選手がボールを持つとユウト、ユウトと声を上げる子ども達🧒🏽)
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(すげーって顔してました)

 

 



 

 

 

 

 

 

その後「実は練習着もある」とサプライズ!

子ども達は大興奮でした。

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(嬉しそうに服を受け取る子ども達🧒🏽)
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(迫力ある。笑)
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(強そう。笑)
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(身体能力めちゃくちゃ高いです。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしていよいよ、サッカー⚽️試合です!

試合は大盛り上がり!

木で作ったサッカーゴールと手作りのサッカーコートの上を子ども達は裸足で元気に駆け回りサッカーを楽しんでいました!

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(男子はガチ試合でした!)
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(ゴール前の混戦のクセが強い、)
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(真剣に応援しています📣)
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(得点シーンに歓喜!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試合終了後はセレモニー。

いよいよ長友選手からの「夢のバトン」であるサッカーボール⚽️を受け取ります。

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(校長先生にマーカーとビプスを贈呈!体育で使ってほしい)
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(子ども達にサッカーボール⚽️がプレゼント)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん子ども達は大興奮。

ボールを大切に抱きしめる子どももいました。

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(歓喜に溢れていました)

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にみんなで写真撮影🤳

ご協力いただいた日本人のボランティアのみなさんにも感謝です。

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(いい感じですよ!)
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(ご協力ありがとうございました!)

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、改めて学校に行きました。

2019年6月に、サッカーをしたことがないのに「サッカー選手になる」と意気込んでいたあの少年は、翌日には「佑都みたいになる!」とプロへチャレンジすることを決めたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長友選手にもらった「」というバトンを胸に、もしかしたら、近い将来W杯で長友JAPANと戦う日が来るかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来に「」のバトン繋ぎました。

本当にありがとうございました。

長友佑都選手⚽️

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(長友ドリーム in ベナン🇧🇯 完)

「多様性は可能性」

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(一人一人が独立共和国。最後の総会を終えました)

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(最後の隊次服。テーマは「もし私達がCAだったらその飛行機は墜落するでしょう」です)

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(カタギとは思えない裏地。笑 八村塁スタイル。ベナンのトレンドです。笑)

 

 

 

 

 

 

Bonjour!!

Ça va??

いよいよ帰国まで残り2ヶ月になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールが見えてくると、日本に帰れる喜びがある反面、やはり寂しさもあるものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日顔を合わせ「おはよう」「元気?」と声をかけ合うマダムや子ども達との触れ合いも

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(私は8家庭、約30人のベナン人と同じ長屋で暮らしています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校での活動から帰ってくると、家に水を飲みにくるフランシーとのカフェタイムも

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(冷蔵庫勝手に空けて飲みます。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学費を稼ぐために、サンダルを作って販売したあの日々も

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(プライベートブランド!高田のサンダル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わってしまうのだな」と。

日本に戻ったら忘れてしまうだろうベナンでの「日常」をしっかりと目に焼き付けておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今はそんな気持ちです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はベナンに来て共に生活している長屋のファミリーにすごく感謝していることが1つあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、彼らが私を「外国人」としてではなく「隣人」として扱ってくれたことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通、人は自分と異質なものを見たとき、わかっていても無意識に境界線を引いてしまうものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベナンで生活していても「シノワ(中国人)」と言われたり「ヒーハーヒーハー(ニーハオ)」と言ってバカにしてくる人もいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで差別をされたことなんてなかったので、そんな毎日に心をすり減らした時もありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未知なるものに触れた時、わかっていても人は驚いてしまうし、自分の周りの風景が全てかのように思い込み、それ以外の多様性に思いが至らないこともあるでしょう。それは、ある意味自然なことなのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、長屋ファミリーは違いました。

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(朝のクセの強い運動!)

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(変顔選手権🤪)

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(大人達は写真を嫌がって全然撮ってくれなかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、私を特別扱いすることもなく、肌や言葉で差別することもなく、1人の人間として、いつも私に日常の空間を与えてくれた気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん喧嘩もたくさんありました。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の家の玄関で、トビがおしっこをした時、私は怒り「あなたの家にトイレはないのか!」と母親と口論してしまったこともありました。笑

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(今考えれば、大人が「おしっこ」で喧嘩をするなんてくだらない話です。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他にも、大音量で歌い、踊り出す一家に「クラブか!!」と怒鳴り散らしたこともありました。笑

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(これに関しては他の家も抗議していました。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、いつだってお互いの中にある「誤解」から背を向けることなく、真摯に受け止める姿勢があったからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の心の中に彼らに対して「感謝」の気持ちがあるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、私は隣のマダムにこんな質問をしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ外国人の私に親切にしてくれるの?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するとマダムは昔を思い出すように答えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの前にいた日本人も素敵な人だったわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣にいた別のマダムが続けてこんなことを言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外国人は私にとって特別な人だったけど、彼女は私達と同じように笑ったり、泣いたり、寂しそうな顔をしたり、私達と何も変わらなかった。今のあなたのようにね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たったそれだけの会話だけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたと私は何も変わらない。ただの隣人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言っているように聞こえて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣けた。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本人とか、ベナン人とか、白人とか、黒人とか、○○人とか、何か特定のものに括ることに大きな意味はなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人一人違う人間として、多様性を受け入れていくことの大切さを家族から教えてもらった気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから日本に帰国します。

日本が「多様性」を受け入れ、さらなる「可能性」を見出せる社会にするためには、どうしたらよいのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その鍵は「教師」が握っている。

私はそう思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年、ラグビーW杯が開催され、多くの日本人が国境を超えたスクラムに魅了されたことは記憶に新しいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国籍も文化も違う、多様なルーツを持つ選手で構成された日本代表が「ONE TEAM」となって戦う姿に多くの人が感動しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうです。

ラグビーというスポーツを通して、おそらく私たちは、もうわかっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旧来までの、同じ肌の色に黒い髪、日本語を話し、同じ文化や慣習を持つ人こそが「本当の日本人」ではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえルーツは違えど、日本という国に誇りを持ち、ともに一丸となって未来を作っていく人達こそが、今の日本に必要な「日本人」だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビの前で試合に釘付けになり、スタンドでは身を乗り出しながら応援をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に、私たちの中に国籍や肌の色を気にした人なんていたのでしょうか。彼らが、母国の代表より、日本を選び、日本のために戦ってくれていることに私は心が震えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラグビー日本代表の姿は、未来の姿を先取りしている、まさに日本が目指すべき未来を指し示すメッセージだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えると、だからこそ「多様性の土壌」を作っていく「教師」の役割は大きいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がベナンで長屋ファミリーから「隣人」として扱ってもらったように、私も日本にいる外国出身の方々に同じように接したいし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり前」に多様性を受け入れられる子ども達を学校で育てていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベナンで学んだことを生かし、

 

 

 

 

 

 

 

 

教室の中で「多様性が輝く場」を作り出せるように、そして日本に新しい「」を作り出せるように、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り少ないベナン生活を大切に過ごしたいと思います。

頑張るぞ〜!

 

 

最後に、長友ドリームが来月実施されることになりそうです。今は学校に掲示板を作ったり、グラウンドの整備を続けています!

 

 

 

そちらも楽しみに!

ではまた!

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(掲示板完成!)
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(さっそく効果あり!)

逆風は振り返れば追風になる。

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(フランシー特集。笑)

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(2019年お世話になりました)

 

 

 

Bonjour !!

Ça va??

 

暑い年末を過ごしています🇧🇯

四季って素晴らしいですね。笑

今回のブログでは、現在の心境を綴ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年は「生き方」について振り返り「生き様」について見つめ直す1年間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生の頃は教員になることが「目的」で、そのために決められた授業を受け、課題をこなし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教員になって働くようになってからは、目の前に並べられた仕事を淡々と消化する毎日で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東日本大震災によって「命は有限」なのだから

自分の納得できる人生を生きる」と自覚していたものの、日々の忙しさに自分と向き合うことを疎かにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にこのままでいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えているタイミングで、式根島への転勤が決まり「あ、これはターニングポイントになる」そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島生活は予想をこえて、充実したものになった。時間にゆとりが生まれ、毎日定時で帰れるようになり、

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(島の風景)
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(車が来ても退けないネコ🐱)

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(秘密の道)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのおかげで、海外研修に参加したり、授業研究に没頭したりとインプットの時間は急激に増えた。

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(タイ🇹🇭スラム街)

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(タイ🇹🇭スラム街その②)

 

 

 

 

 

 

 

また、島のために「生きる」島民の方々の生き方や懐の深さを見て、

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(くさやーまんとミヤビちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと世の中の役に立ちたい」そう思い、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃から、教員という仕事を「手段」として

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中に何を伝えたいのか

何を変えたいのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか終わる有限である人生」の中で、だんだんと自分の目指すべき姿について深く考えるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして「教室から世界を変える」を教師としてのミッションに据え、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのために「教科書を超えた教材に自分がなる」と決めたのが、つい最近のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのミッションを持ち続け、行動していると、それに「ドライブ」されて動く人がたくさん出てくるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、中学時代マラソンが得意だった生徒が大学生になって、途上国について興味をもち、ランニングで児童労働の啓発をするようになったり、

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(啓発しながら、マラソンに参加)

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強が苦手で、学習に前向きでなかった生徒が「自分も協力隊に参加し、途上国についてしっかり学びたい」とメッセージをくれたこともあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他にも、式根島の生徒の保護者から「先生の影響もあって、息子が短期留学を決めた」と連絡を頂いたり、

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(懐かしいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日の新潟県の荒川中学校との「パーニュプロジェクト」では、SNSを通して様々な分野の方から協力と応援をいただき、最終的には、中学生が国際理解教育プレゼンコンテストで「最優秀賞」を受賞した。

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(ザポタキッズとサンダル作り)
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(新潟の国際理解バザーで完売)

 

 

 

 

 

 

 

 

日本人だけでなく、これから実施される長友ドリームベナン人の未来まで「教室から変えるチャンス」も掴み、

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(いい写真🤳)

 

 

 

 

 

 

 

 

確実に「ミッション」による「ドライブ」の効果を実感する2019年となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最近は「40歳くらいで大学の先生に転職したい」なんて思っちゃっていて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学問の最前線で学ぶことのおもしろさを、学びたい人に全力で教え、教科書10冊分くらいの教材になりたいとまで思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのようなことを考えると、

 

やはり私が青年海外協力隊として「ベナン」に来た意味は大きいと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行動」したことにより自分自身がどんどん「アップデート」されたという自負もあるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、全てが良いことばかりではなく、思い悩むこともたくさんあって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1つの行動をとっても、無意識に日本での経験で物事を判断してしまい、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の無力さが「現地の人」の足を引っ張っているかもしれないということに焦りを感じたこともあったし、

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(私の顔をみると、なぜか泣く。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけではなく、今まで私が日本で「仕事」をできていたのは、私自身の力ではなく、周りの環境のおかげだったということにも気づかされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整った施設、綺麗な黒板、余るほどの教材、そのアイテムをなくした私は、完全に「医者」ならぬ「教師」だったのだと。

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(こんな綺麗な教室、当たり前ではない)

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(外にある教室。雨が降ったら終わる。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8年も経って、ようやくそれに気が付いたことに落ち込んだりもしたけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今では、この経験を「ただの経験として終わらせず、今後の財産にしたい」とまで思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

2019年は良くも悪くも「革命」の年だった。

家族を犠牲にしてまで、経験する価値がある協力隊生活だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ある意味今まで積み上げてきた自信を打ち砕かれ、謙虚さも取り戻すことができた。私は「まだまだ」これからなんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年、10年かかるかもしれないけれど、必ず社会に還元したいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、2020年はどんな年になるのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職場に、家庭に、いろいろなことが変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら自分にとっては「逆風」が吹く厳しい環境になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ベナンで学んだ経験を生かして、その風を「追風」に変えて、少しでも「前へ前へ」進みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師には、世界を変える力があるということを信じて「挑戦」を続けていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年、楽しみだな〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、高田にいろいろな形で応援、アドバイスをしてくれた、たくさんの方々、本当は一人一人にお礼を言いたいところですが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場を借りて感謝の気持ちをお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残りわずかですが、

高田は最後まで頑張ります。

2020年もよろしくお願いします!

 

 

 

それでは、よいお年を!

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(クリスマスで黒板をプレゼント🎁)

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(私はどこでしょう?)

もしあなたが国連職員になったら👨🏻‍🏫

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(パーニュがつなぐ国際協力①)

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(パーニュがつなぐ国際協力②)

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(大喜びしてました。笑)

 

 

 

 

 

Bounjour!!

Ça va??

ベナン🇧🇯ライフも1年5ヶ月が経過しました。

高田は元気でやってます💪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ですが!!

皆さんは、次の国際協力の現場で起きた事例をどのように考えますか?

 

ある途上国の村人たちは、毎日井戸まで片道2時間かけて、水汲みに行っていました。その状況を見た日本の団体が村人たちのためを思い、村に水道を作りました。結果として村人たちの水汲みをする時間は劇的に短縮されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうでしょう?

おそらく「素晴らしい支援だ!」とプラスに考えている方が多いかと思います。

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(水汲みは本当に大変です)
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(私の住む長屋。雨水でさ無駄にしません)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も最初は、そう思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この話には続きがあるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、この水道を設置した後に村人たちの中で「うつ病」を発症する人々が増えたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、なぜか?

水汲みは重労働ですが、村人たちにとっては、毎日の井戸までの時間は、友人と会話を楽しむ時間でもあったそうで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その「娯楽」の時間が奪われたことで、精神的に病んでしまったというのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、自分の「役割」を失くしたことが、

仕事から得られる日々の充実感を喪失させ、結果として、うつ病になったそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう1つ国際協力の現場で起きた事例を紹介します。

これは、ベナンでの事例です。

 

ベナンの小学校では、ほとんど体育の授業をしません。それを見た日本人がベナンで体育を普及させるために、体育の活動を重点的に進めました。

 

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(ランニングをする子ども達🧒🏽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この事例はどうでしょう?

体育は子供達にとって楽しい!」から良いはずだと考える人も少なくないと思います。

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(強そうに見えますね)
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(髪型がかわいい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現地の教員の中にはそうは思っていない方もいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

35度も超える酷暑の中、水道もない環境で君は体育をできるかい?」とある現地教員は話します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段から脱水状態にある子ども達に、強度の高い運動をさせたらどうなるでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは体育を「やりたくない」のではなく、体育が「できない」環境にいるだけなのでした。

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(この日は36度‼︎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この二つの事例から、つまり何が言いたいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際協力の現場には「自分にとって“よい”と思った行動が、他の人にとっては“よくない”かもしれない」ということがあることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、この話を聞いて私は困惑しましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で私の活動はベナン人にとって“よい”方向に向いている」と自信をもてませんでしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情けない話ですが、残り3ヶ月にもかかわらず、まだこの段階にいるわけです。

何しに来たんだよって話ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際協力の素人が国際協力の最前線で活動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乏しい知識と確かな経験値がない状態では、自分の活動にすら自信をもてないんだなと。

久しぶりに落ち込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時に「じゃあ今、ベナンにとって何が必要なのか?教育なの?医療なの?それとも農業なの?」と疑問がわいてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少し大きな視点からベナンにおける国際協力の在り方を考える必要があるなと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思ったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、ある「問題」を2人の同期にぶつけてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが「もしあなたが国連職員になったら」です。ちょっと見てみましょう!

【問題】

あなたは国連の職員です。国連職員としてベナンの問題を解決するための担当者になりました。どの問題を優先して解決していくことが望ましいか、ダイヤモンドランキングを作りなさい。その際、理由も明確にしなさい。

 

 

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ダイヤモンドランキングとは、優先度の高いものから順にランキングしていくもので、中学校3年生の公民分野「国際社会と私たち」で私が毎年実施する授業でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のクラスは、この授業でいつもケンカが起きます。笑  

特に「女性の社会進出」の項目で女子が男子を論破しまくります。笑 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このダイヤモンドランキングの「ベナン」を2人に考えてもらいました。私がもってない視点や考え方をどうしても知りたかったからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人目は「ポン」(仮名)さんです。

ポンさんは、大学時代にルワンダスタディツアーに参加したり、UNICEFでも活動していました。卒業後は、サラヤ株式会社に就職、その後、現職参加で青年海外協力隊に参加しています。まさに国際協力をするために生まれてきたような方です。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンさんのランキングがこちら。

 

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ポンさんは、最重要事項を「農業👩‍🌾」にしたようです。理由を見てみましょう!

 

 

ポンさんの意見がこちら💁‍♂️

まず、現先進国のような「持続可能」とは言えない発展を目指すのではなく、新たな発展の方法として、自然のシステムを壊さないような農業の方法を模索し、農業を通じて国の発展を後押しできればと考えました。

なぜならベナンには、農業従事者が多く、農業従事者にお金が回れば「農業」を切り口にした経済発展が見込めると思ったからです。隣国にはナイジェリアやトーゴブルキナファソといった国もあります。

尚且つ農業の発展は経済発展だけでなく、ベナン人の栄養状態を改善できる可能性もあります。そして、現在ベナンには、強み(国力)というものがありません。外交の場、また投資という視点からもメリットを感じてもらえる魅力があるかは何とも言えません。国民が自信と誇りそして自分達に無理のない身の丈にあった発展を目指しながら、国力になりうる可能性が「農業」にはあると思い、最重要事項に選択しました。

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(綺麗にやります!)
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(これは何でしょう。笑)

 

高田メモ

確かに短期的な視野なのか、中長期的な視野なのかでは何を優先するかは変わってきますね。ベナンでは、食べ物以外にも隣国のガソリンなどは普通に売られているので、需要を生み出せれば農業による発展も可能かもしれません。私は農業のことはよくわからなくて、ランキングでは下にしてました。笑

恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に2人目は、コシヒカリさん(仮名)です。

コシヒカリさんは、高校時代に国際交流部に所属したり、大学時代は医学部に進学し、卒業後は大学病院で検査技師として働いていました。現在は青年海外協力隊としてガボン共和国で輸血医療の安全性を高める活動をしています。コシヒカリさんは9月にベナンに旅行にきました。外から見たベナンという視点でランキングを書いてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなコシヒカリさんのランキングがこちら!

 

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コシヒカリさんは、最重要事項を「教育👨🏻‍🏫」にしたようです。理由を見てみましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コシヒカリさんの意見がこちら💁‍♀️

全ての問題の根底にあるのが教育を受けていない人の多さ、教育レベルの低さがあるから。

「国語」を例にとって考えてみると、フランス語が話せない理解できないでは、ベースラインにも立つことができない。もし読み書き等が出来たとしても、その内容が間違いだらけでは中途半端な状態であり、何か商売を始めたり働きに出たりしても結局ボロがでたり、誤った選択をしたりして前に進めない結果を生んでしまうから。国全体の発展のためには、やはりそこに住んで暮らす国民全体の自助努力が必須であり、教育を受けること、そしてその教育がきちんと内容のあるもので、学力や能力を高められるものであることが大事なのだと思う。

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(ザポタキッズ①)
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(ザポタキッズ②)

 

 

高田メモ

その通りだと思います。そういえば前に任地でコーラを買ったんですが、売り子の方が計算を間違えて、お釣りが多かったことがあったんです。私は優しく教えてあげたのですが、売り子さんは、なぜか逆ギレしてました。笑 ベースがきちんとしていないと、損してしまうこともたくさんありそうですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベナンに拘らず、

みなさんだったら、どんなランキングにしますか?

ぜひ、いろいろな意見に触れたいので教えてください🙇‍♂️(コメント待ってます📝)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にアインシュタインの言葉にこんなものがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素人の私にとって、

わからないことも多いですが、わかろうとする姿勢だけは忘れることなく、残りの任期も頑張っていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは!

みなさん、メリークリスマス🎄

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毎日我が家に来て水分補給をしています。笑

 

 

子どもを産まない人生

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(ザポタキッズ。その①)

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(ザポタキッズ。その②)

 

 

 

Bonjour!!

Ça va??

青年海外協力隊としてベナン🇧🇯で活動を始めてから1年4ヶ月が経過しました〜〜。残りは5ヶ月です。頑張ります💪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月は急に暑くなったせいか体調を崩すことも多く、ブログも更新できませんでした。(言い訳です。笑)  ごめんなさい🙇‍♂️笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は重い身体にムチを打ちながら長友ドリームに向けて、算数と体育の授業と並行して、グラウンド整備をしています。

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(校長先生に100万円分のサッカーボールが来ると話をしたけど、信じてもらえなかった。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

また長時間外に出ているせいか子ども達からは「ヨボ(白人🧒🏻)」ではなく「メウイー(黒人🧒🏽)」と呼ばれるまで肌が仕上がってきました。笑 長友ドリームを絶対成功させたいので、頑張ります!

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(長友ドリームに歓喜する子ども達①)
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(長友ドリームに歓喜する子ども達②)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それでは本題に入りましょう。

今日のテーマは「子どもを産まない人生」について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デリケートなテーマですが、ベナンでの生活を通して、長屋の家族と触れ合う中で感じたことを書いてみようと思います

(※そして真面目な話なので画像も控えようと思います)

(※またここからは、妊娠・出産に関する個人的な価値観・考え方を記述しますので、特別な想いを持ってる方はご遠慮ください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、私たち夫婦は「子どもを産まない人生」を歩むことを決めています。理由はたくさんありますが、2人で話し合って決めたことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は職業柄、これまでにいろいろな家族の「」を見てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供が家に引きこもり、暴れ家庭が崩壊していく様子

親の離婚・再婚を理由に子供が非行を繰り返す姿

子のために冷静な判断を失い、奔走する親の背中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師という職業は、時に見たくないものまで、見なくてはいけません。








 



家族」をもつ
子供」をもつということが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単なことではないことを、痛いほど思い知らされてきたつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、子どもがいることで味わうことのできる幸せがあることも理解しています。成長していく姿を見たときには、何とも言えない幸福感があることだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、一方、学校現場では様々な親の「姿」を見ることがあります。我が子を前に学校で泣き崩れる親の姿に「本当に、この人にとって、子供産んだ事は幸せなことだったのか?」と思う時もありました。




 

 

 

 

 


子どもは自分の思ったようには育ってくれないのです。



 

 

 

 

 

 



それだけではありません。

子どもが大学を卒業するまでには1人3千万円、出産費用だけでも、約50万円のお金がかかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲しいから産む」という単純な話ではなく、子どもが生まれれば、自分のやりたいことは我慢しなくてはなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服もユニクロになり、

外食も惣菜になるかもしれません。

大好きな本の衝動買いも、海外旅行も、

今こうしてベナンに来ることもできなかったでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、もしかすると「新しい私」を発見する代わりに「私らしさ」を失うことに繋がるかもしれません。

 

 

 

 

 







また「出産自体が死ぬギリギリの行為」ということも1つの理由です。医療の発達によって母子ともに安全に産むことができる時代になっているものの、やはりリスクはつきものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私には「万が一」を覚悟することすらできません。妻にはリスクを負わせたくないというのも本音です。








 

 

 


しかし、なんでしょう。

最近、ベナンでの暮らしを通して「家族」というものに触れる多くの機会を得て、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産まないと決めたはずなのに、その決断は本当に正しかったんだろうか?」と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が揺らぐ時があるんです。



 

 

 

 

 

 

 

 


ある日のことでした。

活動から帰ってくるといつものようにフランシーが家の前で私を待っていたことがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、算数の授業が上手くいかずひどく落ち込んでいたことを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、フランシーにはそんな私の事情は関係ありません。いつものように足に絡まっては、わけのわからないフォン語で楽しそうに私に話しかけてきます。





 

 

 

 


すると、どうでしょう。

なぜか「ホッ」としたんです。

いつも「鬱陶しい」と思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の笑顔に「前向き」になれた自分がいたんです。

落ち込んでる場合じゃない。頑張らなきゃ」と。


 

 

 

 

 





そして、気がついたんです。

もしかしてフランシーに支えられてる?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わがままオテンバ息子のモンスターに不思議な力を感じた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃から、家族に対する私の見方は少しずつ変わってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎朝7時に起こしに来る5人の兄妹を怠そうににしながらも楽しみを思ったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の幼少期を客観的に振り返っては、子供たちの姿を見て「うわ〜〜子供の頃の高田みたいだな。少し器用に何でもできて。でもこのままじゃ違うんだぞって。今のままじゃ失敗するぞ」って今なら伝えられることに少し使命感のようなもの感じてしまったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこれが自分の「」が繋がっていたとしたら、もっと違う感覚になるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族」というものに

子供」というものに支えられる体験を通して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の人生を生きる」だけではなく「誰かの為に生きる自分」も悪くないと思うようになってきたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここザポタで一人暮らしをしているのは、私だけです。毎日のようにベナン 人からは「子どもはまだか?」「嫁はどこだ?」とセクハラされています。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の「」が揺らいでいるのは、

家族を大切にするベナン人の価値観に触れ、生き方を学べたからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生観は人それぞれ。

 

正解はないのだけれど、

 

子供を生まない人生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で決めたことに後悔はないけれど、問いかけは、今でも続いている」ということを伝えたいと思います。



 

 

 

 

 

 

 

そして、幸運なことに私は教師。

毎日のように子供の成長を見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは私たちらしく生きた」といえるように一生懸命に生きていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ心のモヤモヤを書いただけの自己満になってしまいましたが、最後まで読んでくださいありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

【追 記】
正直、このテーマについて書くか迷っていました。なぜなら、子供を「産みたい人」「産めない人」「産まない人」いろいろな立場が交錯する非常にデリケートな問題だからです。

 

しかし、アフリカでは子供が「小さな大人」として労働力として生まれてくるケースもあれば、子供が多いことが自分の健康や財を示すステータスにつながるため出産する現実もあります。

 

私たち日本人は、こんなにもまっすぐ命に向き合うことができる。それは普通ではないんだということをベナンで気付かされました。私は31歳。結婚や出産、子どもに1番真剣に向き合う時期を生きています。だからこそ、少しでも自分の気持ちを伝えてみたいと思いました。もし、今回の私の妊娠・出産に対する考え方で傷ついてしまった人がいたとしたらお詫び申し上げます。

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(私の顔を見て泣き出す、近所の子👶)
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(ベナン🇧🇯の子ども達はいつでも元気!)

ハーフタイム②⚽️-上昇思考-

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(先日ガボンの同期隊員が遊びに来てくれました。駒ヶ根以来の再会!)

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(ガンビエにてパシャり📸)

 

 

 

 

Bounjour!!!

Ça va??

 

青年海外協力隊として活動を始めて1年2ヶ月が経過しました🙋‍♂️先日、おかげさまで31年連続31回目の誕生日を迎えることができました。笑

 

 

人生の転機となる1年になったような気がします👌さて、今回は「メモ」の続きを公開します。

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(生徒の勉強ノートをパシャり📓)

 

 

 

長文が続きますが、ぜひご覧ください。

(前回はメモ①〜⑤を公開したので、今回は⑥〜⑩です🙇‍♂️)

 

 

 

メモ⑥: 「能力差」よりも「環境差」が人生を決める

 

一時帰国からベナンに戻り、約2ヶ月が経過した。日本で久しぶりに生活をして強く感じたことがある。それは人は「能力差」よりも「環境差」なんだということだ。例えば、最近話題の八村塁選手を例に考えてみたい。日本人とベナン人のハーフでバスケット日本代表選手の彼が「もし日本ではなくベナンで生まれ育っていたら本当にNBA選手になれただろうか?」と私は疑問を持っている。なぜなら、私は協力隊生活を通して、ベナン人がバスケットをする姿をほとんど見たことがないからだ。小学校においては、バスケットはおろか体育の授業自体、計画的に実施されることは少ないし、用具もない。もちろん彼が類い稀な才能をもち、その才能を努力によって磨き上げてきたことは、誰の目にも明らかであるが、1番は彼が努力できる環境にいたということが大きいのではないだろうか。たとえ、どれだけ優秀であっても、そもそものチャンスを与えてもらわなければ、生かしようがない。物事の前提を考えさせられる。だからこそ、1本のペンでも、1つのボールでもいいから、まずは環境を整えていくことが大事なんだと思う。

 

そういう意味で、たとえ一回きりの施しになったとしても、「」や「経験」を与えることも悪くないと今は思っている。f:id:hiroyuki913:20190907093000j:image

(外教室。黒板が汚すぎて字が読めない)

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(鉛筆✏️が小さすぎて見えない。買い換えるのもお金が必要ですからね)
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(椅子のテーブルで勉強中👀家の中は暗いので外で)

 

 

 

 

 

メモ⑦ : 欧米的価値観で世界が動いている⁈

 

ある日、自分の子どもに大量のベビーパウダーを塗っている母親を見かけた。子どもは泣きじゃくっていた。ベビーパウダーは本来あせもやただれ防止に塗布するものだ。母親に「なんでベビーパウダーをこんなに塗るの??」と聞くと、母親は「少しでも肌が白くなる可能性があるから」と答えた。もちろん肌が白くなると言う事はないが、私はこの時「もしかしたらこれは欧米的価値観が関係しているのではないか」と感じた。美意識を例にこの欧米的価値観について考えてみたい。一般的に、そして金持ち階級になればなるほど「肌が白い=美しい」と考える人も多いのではないだろうか。友人から聞いた話では、セネガルの10代の女性たちは肌を白くするために漂白剤の成分が入っている日焼け止めを塗ったり、薬を使って脱色する人さえもいるようだ。これに関しては、日本も例外ではなく、日傘をして、アームカバーをして、明るい肌色を塗っている光景はどこにいてもよく見かける。日本には日本独自の文化があるけど、それでも多分野にわたって無意識に私たちは欧米の影響受けている。それは日本だけではなく、ベナンを含めたアフリカ諸国でも同様で、おそらく政治や経済の分野でも同じことが言えるのではないだろうか。このような、欧米的価値観が世界中に存在するということを知ることができただけでも、私がアフリカ、ベナンで生活をしたという意義はとても大きい。教科書にはない生きた情報に触れることができた。

 

どんな色も美しい。「私は自分が好きだ」と自信を持って生きていけるような社会にするために黄色人種の私は、何をどのように子供たちに伝えていくことができるだろう? 謎は深まるばかりであった。

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(ベビーパウダーを塗る子ども。名前はアスピ(左)EXILE気取りの少年。名前はトビ)

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(顔にパウダーを塗る少年。なぜか不機嫌。笑)

 

 

 

 

メモ⑧ : 「歴史は繰り返される」ということ

 

ベナンには、多くの黒人が差別を受け、奴隷として南北アメリカに渡ったという「悲しい歴史」がある。その数は1000万人から2000万人と言われ、その多くが働き盛りの男性であったことから、その人的、経済的、文化的損失が現在までの貧困の原因の1つと言われている。しかし、子ども達の中には、この奴隷貿易を「知らない」という子どもが一定数存在する。学校に行けず、歴史を学習する機会を失ってしまった子もいれば、歴史についての授業自体が小学校ではあまり見受けられない現実がある。私はベナンに来てから「ヨボ(白人)」やアジア人差別用語でもある「チンチャンチョン」など、差別的な発言を受けたことが何度もある。言葉の意味がわからず、親しみを込めて言ってくる場合もあれば、明らかに侮辱している場合もあった。差別によって虐げられてきた歴史があるにもかかわらず、このような状況が生まれてしまう。「歴史は繰り返される」とうことの意味がよくわかった。だからこそ、伝え、学び、考えていくことが大切でそのための「教育」なんだということを実感した。

 

決して他人事ではなく、戦争という悲しい歴史をもつ日本も同様で、平和を維持するために、戦争を経験していない自分が、どんな言葉で、振る舞いで「歴史」を伝えいくか。社会科の教員として、それを考えるにあたって「差別された体験」を今後も大事にしていきたい。

 

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(ウィダにある還らずの門。この海からアメリカ大陸に向け多くの黒人が奴隷として渡った)
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(ガンビエの船乗り場)

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(船の運転しました。式根島以来)
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(船でものを売りにきた)

 

 

 

 

メモ⑨ : 「識字率」と「宗教(※長文注意)

 

国が発展するための条件とは何なんだろうか?」戦後74年、敗戦のどん底から再繁栄を築き上げた「日本」と今年で独立59年を迎えた「ベナン」もちろん国も、状況も、取り巻く環境も全て違うし、同じように比較することはできないのだろうけど「ここまでの差かついた理由は何なのか?」もっと前提から疑ってみたい。そう思い一時帰国中に、いろんなことを調べてみた。

 

ハーバード大学アマルティア・セン教授によると日本の国民の「識字率」が高かったことが、日本の近代化に大きく貢献したと著書の中で述べている。驚くべきことに、実際1860年代日本の識字率はヨーロッパの国々よりも高く、1913年頃には、世界有数の出版大国になっている。しかも、当時日本で出版された書物の数はアメリカの2倍以上だったそうだ。では、なぜこの時代に「途上国」という位置づけにいた日本がこんなにも教育熱心で識字率が高かったのか?佐藤智恵著「ハーバード日本史教室」によれば、日本の識字率には仏教の影響が多分にあるという。世界中の国々を識字率と言う観点から見ても、仏教国の識字率は、他の宗教よりも圧倒的に高くブータンミャンマーなどの国や地域は、他の国や地域より識字率が高いというデータがある。では「仏教識字率にはどんな関係があるのか?」という疑問にいきつく。

 

時代は7世紀。聖徳太子にまで遡る。当時、太子は、仏教の教えを一般の人にわかりやすく伝えたいと思っていた。しかし、仏教の経典は難しい漢文で書かれており、その内容を理解できるのは限られた人だけだったそうだ。つまり仏教の教えを広め、理解するという過程において仏教国の人々は「読み書き」を習得する必要があった。だから、当時「途上国」だった日本は先進国を上回る識字率を持っていたらしい。

 

日本人は、元日に神社に行き、寺院で葬式を行い、キリスト教の教会で結婚式を行うことに何の躊躇もない。そんな中でも、仏教文化の恩恵が教育制度の高い国民を生み出すことにつながったようだ。ちなみに仏陀は人間にとって大切なことは「1に知識、2に良い行い、3に信仰」だそうで、知識の獲得が信仰よりも大切という考え方をもっている現在、日本にはどこに行っても本屋があり、本が溢れている。それは知識の獲得を一番に優先する仏教の思想の表れなのかもしれない。そういったことを考えると、問題の表面だけを見て、解決策を考えるのでなく、ベナンという国の歴史的・文化的・宗教観までも理解した上で、解決を策を考えていくことで、その国あった新しい視点に出会えるかもしれない。

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(教会の帰りにサッカー⚽️ベナンではブードゥ教、キリスト教イスラム教が信仰されている)
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(謎の儀式⁈かと思ったら、ただの遊びだった)
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(ザポタキッズキッズ🧒🏽)

 

 

 

メモ⑩:世界に広がれ夢の連鎖連鎖「長友ドリーム

 

長友佑都選手。幸運にも「長友ドリーム」で支援をしていただくことになった。支援が決まった以上、TVでサッカーをしている姿しか知らないではダメだろうと思う。ベナンの子ども達に「長友佑都さんとは、どんな人間なのか?」を伝えることができるように、著者「上昇思考」を読むことにした。今回は心に響いた2つの文章を紹介したい。

 

「人間はすべて心で動いている。心に動かされている。だからこそ心を高める必要がある。(中略)だから生きている間に、生まれた時よりも美しい心を育むこと。世の為、人のためにを常に考えていることが最も美しい生き方だと思う」(第一章 過去を振り返ることの大切さより引用)

 

 

どんな夢でも、いいからそこに向かって走り続けることが大切だ。濃くない人生にしてしまうなんて考えられない。人生の終わりの時を迎えた時に何もやれなかった、何もやらなかったと振り返るしかなくなったとしたら、生きていた価値を見出せなくなってしまう。そうならないように、どれだけ生きてきたかが問われることと思う。生きているのはそれ自体が幸せなことだ。だからこそどこまでも熱く夢に向かって生きたい(第六章一度きりの人生だからこそチャレンジしたいより引用

 

私は、今まで自己啓発系の本はあまり興味がなかった。ただ、長友さんと繋がれた今だからこそ、いろいろな言葉が胸にささる。夢に向かって努力するということ、感謝の気持ちを忘れないこと、物事をポジティブに捉え向上していくということ。もっと彼のことを知ろう。それが今私にできる最善のことだと思う。

 

 

そして、10年後か、20年後かに「長友JAPAN🇯🇵」とW杯で対戦するベナン代表🇧🇯を見る日をイメージしながら、この「夢のバトン」をしっかり繋いでいきたい。

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(おススメします!)

 

 

 

 

今、大きな「追風」を感じています。笑

逆風は振り返れば追風になる。

積み上げてきたものが、歯車が、徐々に噛み合ってきているような気がします。ただ、調子にのることなく、謙虚な気持ちで一歩一歩確実に進んでいきたいと思います。

 

 

 

それでは、また!

まだ更新します!

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(かわいい)

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(人生は甘くない。笑)