Hiroyuki⚽️Takada

教員として働きながら、フリーで国際協力をしています。

ハーフタイム⚽️-心を整える-

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(最初の10ヶ月avec日本人)
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(最初の10ヶ月avecベナン人)

 

 

 

Bounjour !!

Ça va??

青年海外協力隊として活動を始めて10ヶ月が経過し、残りの任期はちょうど半分になりました🙋‍♀️サッカーで例えるなら「ハーフタイム」⚽️

 

 

もがき苦しみながら闘った前半戦をしっかりと反省し「振り返り」を「繰り返す」中で見えてきたものを、後半戦につなげていきたいと思い、今日は書きためてきた「メモ」を公開したいと思います。

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(ザポタの埼玉スタジアム🏟)

 

 

 

 

長文が続きますが、ぜひご覧下さい。(特に卒業生)

 

 

 

メモ①:素人が「途上国」に来て人助けなんかできない

日本で教員として6年間働いてきたものの、私には「開発学」や「国際協力」に関する知識が全然足りないということがわかった。そんな理論のない私にとって教育、貧困や社会格差に対して関心は高く持っていたものの、どのようにアプローチすべきなのかわからず、人助けどころかもしかしたら「足を引っ張ってる?」と思うことさえあった。水道代の支払い方から電気代の管理、学校までの道のり、荷物を持ってもらったりなど「助けてもらうことばかり」で途上国で何のスキルも持ち合わせていない私にできることは多くないことを悟った。無力さ、そこに気が付けたことをプラスに捉えたい。今後は、開発学や国際協力についてもっと勉強しようと思う。一時帰国で本や論文を探してみたい。これからの時代、様々な分野で外国人受けいれ拡大が進む中、学校現場における外国人児童生徒の受け入れも拡大していくことは自然なこと。この分野での研究を進めていくのであれば、学会や大学院への進路も検討が必要なのかもしれない。

 

次に「もう一度大学院行きたい」なんて言ったら妻はどんな顔をするのだろう。。。笑

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(初めて算数の授業✍️)
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(水汲みの様子)

 

 

 

 

メモ②:歴史と「言葉

ベナンと先進国の間には、言葉にできない以上の「格差」が「言葉」によって生み出されているように思った。日本が建設した学校や中国、欧州の国々が作った道路や井戸など他国からの援助を感じる場面は多く見られるが、果たして「それはうまく行っているのだろうか?」「本当にその支援でいいのだろうか?」と疑問に思うくらい経済的に厳しく、医療やインフラは整備されていない現状がある。その理由を突き詰めることはもちろん大切であるが「そもそもなぜこんなに貧しいのか?」について「言葉」が大きく関係しているように思うベナンでは、公用語はフランス語だが、ベナン人の中には40を超える民族がおり、現地語も約10を超えるという。私の任地では「フォン語」という言葉が使われており、家族同士の会話はフォン語が使われている。しかし、フォン語の「文字」を見る機会はほとんどない。書類も街の看板もレストランのメニューでさえもだ。前回紹介したフランシー一家もフォン語で読み書きすることはできない。家族の会話を通して「話す力」は身につけても「読む・書く」は学ばないという。本屋に行ってもフォン語の教材はない。なぜならベナンの小学校は全てが「フランス語」で授業を行うからである。つまり、フォン語を学校で教科として学ぶことはないのだ。私もフォン語をホームスティ中に習ったが、フォン語は、そのものの言葉の数が少ないためフォン語での言葉の表現は限られ、政治や経済、本やインターネットもフランス語に頼らざるを得ないらしい。つまり、フランス語が操れないということはベナン人にとって死活問題なのだ。ちなみにフランシー一家は学校に通っていないためフランス語は全然話すことができない。以前、ノーベル化学賞の白川教授が日本人は「日本語で書かれた教科書を使い、日本語で教育を受けてきた。母語でしっかり学び、深く核心を突く考えを身に付けることが重要で日本語で論理的に説明できない人が英語で論理的に説明できるはずがない」と植民地支配を受けなかった日本の母語教育の優位性について触れたことがあった。最近は、英語の早期教育やその必要性がグローバル化の流れとともに加速しているが、ベナンでは現在のグローバル化以前の植民地時代からずっとフランス語が生活の中に組み込まれてきた。このような状態で「自分たちで頑張れ」というのは非常に酷な話であり、どうすれば解決できるのだろうと頭を悩ませる日々であった。またこういった状況を「念頭」にどのように教育活動に携わっていくべきか「後半戦」に向けて確実なプラス材料になった。

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(日本の支援で建てられた学校🏫)

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(井戸水もヨーロッパからの支援)

 

 

 

 

 

メモ③:過酷な環境で生きる「女性」の姿

最近の私の関心の一つに「ジェンダー」がある。今年の4月12日東京大学の入学式で上野千鶴子さんが「がんばっても報われない社会が待っている」と題し述べたスピーチはお祝い一辺倒ではなく、多くの議論をよんだことは記憶に新しい。私はこの記事を何度も何度も読み返し、全文を手帳に書き込んだ。なぜなら、このジェンダーに関する問題を生徒にどのように教えていく必要があるか「自分の問題」として受け取ったからだ。そしてジェンダーに関して「男性」こそ、向き合うべき問題だと思っている。ベナンではジェンダーに対する問題は日本より「明確」に表面化している。例えば、酒場で昼間からお酒を飲みながら喋ったり、グランドでサッカー観戦をしたり、外へ出て娯楽を楽しむのはいつも男性で、女性がそのような場に顔を出すことは少ない。また性差による男女の役割は職業選択にも顕著である。タクシーやバスのドライバーといった仕事は男性で、道端でご飯を売ったりしているのは、例外なく女性でありベナンにおける性の価値観を暮らしを通して実感した。そして、私が感じた一番の出来事は女性の「家事」に必要な労働力が半端ではないということだ。ベナンには、洗濯機も掃除機もない。電気は不安定だし、水汲みはかなりの重労働である。朝は家の前の掃き掃除に始まり、洗濯物を手洗い、夜は炊飯器などないため炭を使用し、火を起こし夕飯を準備するのに3時間はざらにかかる。このような過酷な環境で働く女性の姿に世の中の理不尽さを感じられずにはいなかったと同時に「日本はどうなのか?」と自分に矢印を向けるには十分すぎる出来事であった。帰国後は、上野氏の「女性学」という学問について研究し、授業案を作ってみようと思う。そして、自分自身が学ぶことはもちろん中学生段階から生徒と一緒に「ジェンダー」について学んでいきたいと思っている。

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(働きながら子育てする女性の姿)
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(毎日の水汲み)
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(ガスなどを使って料理をするわけではない)

 

 

 

 

 

メモ④:「経済」と「環境」どっちが大切?(卒業生向け補足授業:中1地理分野)

中学校1年生地理の南アメリカ州の授業で「アマゾンの熱帯雨林」について扱ったことがあった。経済発展を進める中でアマゾンの森林破壊が急速に悪化し、サバンナ化の可能性もあること、アマゾンの熱帯雨林は一日200億トンもの水蒸気を樹葉の蒸発を通して空中に放出しており、大陸の遥か向こう側の気候にも影響を及ぼしていることを危惧する「環境保全」とアマゾンの土地を利用し肉牛の飼育や鉄鉱石の採掘を進め、急激に経済を成長させ自国の発展を進めていく「経済推進派」の2つのグループに別れ議論をするという授業を実施した。この時、勤務先は「府中」であったが、どのクラスでも「環境保全派」がやや優勢だったことを覚えている。この日の授業の反省に「十分な経済発展を遂げた国に生活する生徒が「環境保全」を大切にする方に流れてしまうのは当然のことだ」という言葉が綴られていたが、私は今なら「途上国」と言われる国々が、地球環境よりも自国の発展を優先させたい気持ちが痛いほどわかる。例えばタイやベトナムではバイクと車による移動が大気汚染につながると言われているが、途上国にプリウスは存在しない。ベナンでの生活を経験し、お湯のでるシャワーもない、キッチンも洗濯機もエアコンも電子レンジもない。私の任地で手にはいる食料はトマト、オクラ、たまねぎ、にんにく、パン、イワシ缶くらいだし、ベナン人はペットボトルですら捨てずに売る。地球環境にばかり配慮していたらそれこそ先進国との格差は広がるばかり。途上国と呼ばれるベナンのような国の「開発」と地球の「持続可能性」を両立させることがいかに困難なことか身にしみて実感した。そしてこれはもし「アマゾン」に行って環境破壊の深刻さを目の当たりにしたらまた違った考えが、生まれてくるのだと思う。百聞は一見にしかず。自分の目で見たことが本物の学びになることを再認識した。

 

卒業生には、大学生のうちに一度「途上国」と呼ばれる国々を訪れることを強くオススメしたい。自分の生き方を含め様々なヒントを得ることができるだろう。

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(中学生は人数が多く、教室が外にある)
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(食べ物は少ない)
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(任地で買える食料)

 

 

 

 

メモ⑤:これからの私

これから、一時帰国のために日本に帰る。正直に言おう。頭の中は「ラーメンが食べたい」「牛丼が食べたい」「おしゃれな服を着て遊びに行きたい」「快適な部屋で寝たい」そんなことを考えている。ベナン人の生活から比べると「なんて欲深い」のだろうと思うときさえある。先ほど紹介した上野千鶴子さんの東大入学式祝辞の中に「頑張ったら報われるとあなた方が思えることそのものが、あなた方の努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないでください。あなたたちが今日頑張ったら報われると思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境があなたたちを励まし、背を押し、手を持って引き上げ、やり遂げたことを評価して褒めてくれたからこそです。世の中には頑張っても報われない人、頑張ろうにも頑張れない人、頑張りすぎて心と体を壊した人たちがいます。(中略)あなたたちの頑張りをどうぞ自分が勝ち抜く為だけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力を、恵まれない人々を貶める為だけにではなくそういう人々を助けるために使ってください」という言葉がある。

 

一時帰国を通して、自分がどんな「環境」にいたのか見つめ直し「後半戦」を迎えたいと思う。

 

 

「いつか世界を変える力になる。」

JICAのキャッチフレーズであるこの言葉のポイントは「いつか」という言葉だと思う。いつになるかわからない「いつか」を目指して世界で活動する日本人の想いが形になる日が来ることを信じて、私は私なりに残りの任期を全うしたい。

 

 

はぁ。

4000字を超えてしまった。

まとめる力のなさ。

実はまだまだ残りのメモが存在している。笑

それはタイミングをみて公開することにしよう。

 

読んでくれた方々ありがとうございました😊

では!また投稿します。

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