Hiroyuki⚽️Takada

教員として働きながら、フリーで国際協力をしています。

子どもを産まない人生

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(ザポタキッズ。その①)

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(ザポタキッズ。その②)

 

 

 

Bonjour!!

Ça va??

青年海外協力隊としてベナン🇧🇯で活動を始めてから1年4ヶ月が経過しました〜〜。残りは5ヶ月です。頑張ります💪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月は急に暑くなったせいか体調を崩すことも多く、ブログも更新できませんでした。(言い訳です。笑)  ごめんなさい🙇‍♂️笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は重い身体にムチを打ちながら長友ドリームに向けて、算数と体育の授業と並行して、グラウンド整備をしています。

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(校長先生に100万円分のサッカーボールが来ると話をしたけど、信じてもらえなかった。笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

また長時間外に出ているせいか子ども達からは「ヨボ(白人🧒🏻)」ではなく「メウイー(黒人🧒🏽)」と呼ばれるまで肌が仕上がってきました。笑 長友ドリームを絶対成功させたいので、頑張ります!

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(長友ドリームに歓喜する子ども達①)
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(長友ドリームに歓喜する子ども達②)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それでは本題に入りましょう。

今日のテーマは「子どもを産まない人生」について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デリケートなテーマですが、ベナンでの生活を通して、長屋の家族と触れ合う中で感じたことを書いてみようと思います

(※そして真面目な話なので画像も控えようと思います)

(※またここからは、妊娠・出産に関する個人的な価値観・考え方を記述しますので、特別な想いを持ってる方はご遠慮ください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、私たち夫婦は「子どもを産まない人生」を歩むことを決めています。理由はたくさんありますが、2人で話し合って決めたことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は職業柄、これまでにいろいろな家族の「」を見てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供が家に引きこもり、暴れ家庭が崩壊していく様子

親の離婚・再婚を理由に子供が非行を繰り返す姿

子のために冷静な判断を失い、奔走する親の背中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師という職業は、時に見たくないものまで、見なくてはいけません。








 



家族」をもつ
子供」をもつということが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単なことではないことを、痛いほど思い知らされてきたつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、子どもがいることで味わうことのできる幸せがあることも理解しています。成長していく姿を見たときには、何とも言えない幸福感があることだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、一方、学校現場では様々な親の「姿」を見ることがあります。我が子を前に学校で泣き崩れる親の姿に「本当に、この人にとって、子供産んだ事は幸せなことだったのか?」と思う時もありました。




 

 

 

 

 


子どもは自分の思ったようには育ってくれないのです。



 

 

 

 

 

 



それだけではありません。

子どもが大学を卒業するまでには1人3千万円、出産費用だけでも、約50万円のお金がかかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲しいから産む」という単純な話ではなく、子どもが生まれれば、自分のやりたいことは我慢しなくてはなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服もユニクロになり、

外食も惣菜になるかもしれません。

大好きな本の衝動買いも、海外旅行も、

今こうしてベナンに来ることもできなかったでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、もしかすると「新しい私」を発見する代わりに「私らしさ」を失うことに繋がるかもしれません。

 

 

 

 

 







また「出産自体が死ぬギリギリの行為」ということも1つの理由です。医療の発達によって母子ともに安全に産むことができる時代になっているものの、やはりリスクはつきものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私には「万が一」を覚悟することすらできません。妻にはリスクを負わせたくないというのも本音です。








 

 

 


しかし、なんでしょう。

最近、ベナンでの暮らしを通して「家族」というものに触れる多くの機会を得て、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産まないと決めたはずなのに、その決断は本当に正しかったんだろうか?」と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が揺らぐ時があるんです。



 

 

 

 

 

 

 

 


ある日のことでした。

活動から帰ってくるといつものようにフランシーが家の前で私を待っていたことがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、算数の授業が上手くいかずひどく落ち込んでいたことを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、フランシーにはそんな私の事情は関係ありません。いつものように足に絡まっては、わけのわからないフォン語で楽しそうに私に話しかけてきます。





 

 

 

 


すると、どうでしょう。

なぜか「ホッ」としたんです。

いつも「鬱陶しい」と思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の笑顔に「前向き」になれた自分がいたんです。

落ち込んでる場合じゃない。頑張らなきゃ」と。


 

 

 

 

 





そして、気がついたんです。

もしかしてフランシーに支えられてる?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わがままオテンバ息子のモンスターに不思議な力を感じた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃から、家族に対する私の見方は少しずつ変わってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎朝7時に起こしに来る5人の兄妹を怠そうににしながらも楽しみを思ったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の幼少期を客観的に振り返っては、子供たちの姿を見て「うわ〜〜子供の頃の高田みたいだな。少し器用に何でもできて。でもこのままじゃ違うんだぞって。今のままじゃ失敗するぞ」って今なら伝えられることに少し使命感のようなもの感じてしまったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこれが自分の「」が繋がっていたとしたら、もっと違う感覚になるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族」というものに

子供」というものに支えられる体験を通して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の人生を生きる」だけではなく「誰かの為に生きる自分」も悪くないと思うようになってきたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここザポタで一人暮らしをしているのは、私だけです。毎日のようにベナン 人からは「子どもはまだか?」「嫁はどこだ?」とセクハラされています。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の「」が揺らいでいるのは、

家族を大切にするベナン人の価値観に触れ、生き方を学べたからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生観は人それぞれ。

 

正解はないのだけれど、

 

子供を生まない人生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で決めたことに後悔はないけれど、問いかけは、今でも続いている」ということを伝えたいと思います。



 

 

 

 

 

 

 

そして、幸運なことに私は教師。

毎日のように子供の成長を見ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは私たちらしく生きた」といえるように一生懸命に生きていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ心のモヤモヤを書いただけの自己満になってしまいましたが、最後まで読んでくださいありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

【追 記】
正直、このテーマについて書くか迷っていました。なぜなら、子供を「産みたい人」「産めない人」「産まない人」いろいろな立場が交錯する非常にデリケートな問題だからです。

 

しかし、アフリカでは子供が「小さな大人」として労働力として生まれてくるケースもあれば、子供が多いことが自分の健康や財を示すステータスにつながるため出産する現実もあります。

 

私たち日本人は、こんなにもまっすぐ命に向き合うことができる。それは普通ではないんだということをベナンで気付かされました。私は31歳。結婚や出産、子どもに1番真剣に向き合う時期を生きています。だからこそ、少しでも自分の気持ちを伝えてみたいと思いました。もし、今回の私の妊娠・出産に対する考え方で傷ついてしまった人がいたとしたらお詫び申し上げます。

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(私の顔を見て泣き出す、近所の子👶)
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(ベナン🇧🇯の子ども達はいつでも元気!)